オヤジさんからの恩送り

私をとても可愛がってくれていた中古車屋のオヤジがガンを患い…

仕事が軌道に乗ってきた30歳の頃でした。真夜中に郊外をドライブしてたんです。とはいえ私は助手席。仕事仲間に乗せてもらい、打ち合わせを兼ねた何とも色気のないドライブ。

その日のちょっと前に、マイカーを事故で廃車にしてしまって、手元に車がなかったんです。車どっぷりの私には考えられないような「車なし生活」を強いられていた最中でした。

いつも走っていた道ながら、助手席から見る景色は運転席とは全く違っていました。助手とは名ばかりでわき見し放題の役回りですから道路脇のいろいろなものが目に入る。閉店準備のラーメン屋、酔っぱらって歩く若者グループ。そんな時にふと目に飛び込んできたのが中古車屋の看板と、展示された真っ白なBenzのクーペでした。

ドキッ!

とした私は思わず「ちょっと止めて」と頼んで車から降ろしてもらい、ズカズカと展示スペースに入って外から、そして窓をのぞき込んで車を観察していました。午前3時のこと。今思うと盗人と間違われても仕方のないような状況です。

するとその時、展示スペース奥の事務所の扉がガラガラっと開き、40代くらいの小太りでちょっと強面の男が出てきたのです!

その瞬間、危険を感じ「逃げないと」と思いましたが身体が反応できず、そのままじっと様子をうかがっていると、その男がゆっくりと近づいてきて、そしてこともあろうに「いらっしゃーい」と満面の笑みを浮かべて声をかけてくるではありませんか…

ドキッ!

先ほどとは違う意味でビックリし…とまどう私に「ええ車に目つけたねえ」「昨日、入ってきたとこやねんで」「明日から工場に入れて塗装をし直するところでここには数時間おいてただけや」などと話しかけ、「立ち話もなんやからあっちでコーヒーでも飲む?」と誘われて…

話しが長くなりすぎるので結論を言うと、私はその男のペースにすっかり乗せられ、その日その場でそのBenzクーペを購入したのです! なんと明け方の4時のこと!

これがオヤジさんとの何とも奇妙な出会いで今から20数年前のことでした。それ以降、オヤジさんから2台のBenzとランドクルーザーを買い(当時、ちょっとバブっていたんです)、友人に紹介するなどお客として付き合いながら、一方で遊びにも誘ってもらって商売の仕方や考え方なども教えてもらう、そんな子弟のような関係を続けていました。

オヤジさんの会社はオヤジさんとアシスタントの女性、工場の職人さん2人の計4人でしたが、驚くほど儲かっていて、車以外に賃貸マンションをいくつも経営していました。別荘もあって何度か泊めていただきましたし、大阪一の歓楽街である北新地での豪遊にもお供しました(笑)

オヤジさんの教えで忘れられないのが「中古車の商売は在庫が大変なんと違いますか」と尋ねたときの話。オヤジさんは「渡邉君、商売はここ、ここを使うんやで」と人差し指で頭を指さしながら言うとニッと笑い「うちの店に並べてる車は全部お客さんからの預かりものや。しかも売る目的で預かってるんやない。整備してあげてるねん。あれは展示販売してるんとは違ってよう見えるところに駐車してあるだけや。お客が来て欲しい言われたら売ってしまうけど。がはは!」

わしは1000人くらいお得意さんを持ってて、誰がいつ頃どんな車を買ってくれたか、次はいつ頃買い替えるかが頭に入ってるねん。で、誰かが車が欲しいて言うてきたら、まずその車を持っているお得意さんにそろそろ車替えませんか?こんな掘り出しものがありますよって電話するんや。」

「新車ではこうはいかへん。同じもんがいっぱいあるからお客さんが主導権を握っとる。その点、中古車いうのは世界でたった1台やろ。代わりがないからこっちに主導権があるんや

「これでたいていはうまく行く。この方法やったらお得意さんの車が全部、わしの在庫みたいなもんやわなあ。がはは!」

在庫リスクからはじまった話が、在庫の考え方からオンリーワンの商品、リピートのさせ方、データベースの活用法(オヤジさんは記憶だけでやっていた!)へ、そしてお得意さんとの関わり方、今でいうリレーションシップマーケティングにまで広がり、さらにクロージングまで続き、ひっくり返るような衝撃を受けたのをよく覚えてますし、今でもこの教えは私の心の中にドーンを鎮座しています。

ある日、オヤジさんから「渡邉君、時間ある?ちょっと寄ってくれる?」 と電話が入りました。 私は新しい車でも出てきたのか、はたまた私に車を売れというのか、どちらにしてもちょっぴり楽しみに店を訪問する約束をしました。

いつものように一通り展示車を見て回り、事務所でコーヒーを飲みながら雑談していると、ちょっと深刻そうな顔になって「渡邉君、実はガンになってな、大きい手術するからしばらく店閉めるねん」という衝撃の告白がありました。

その後、手術成功の連絡をもらってホッとしたのもつかの間、今度は「車屋は横に置いといてレストランはじめるで」という連絡が入りました。

話しによると事務所をレストラン、展示スペースを駐車場に変えて、車の商売はお得意さんのサポートのために修理工場だけ残してのんびり続ける、とのことでした。

レストランのオープンイベントに招待をもらい、50歳を前にしての車屋からレストランオーナーへの華麗なる?加齢なる?転身に「どんなものかなあ」と疑心暗鬼で訪ねました。すると以前の小太り時代に比べて2回りくらい痩せてすっかりスリムになったオヤジさんがオシャレなスーツ姿で走り回っているではありませんか。もうその変化にビックリ!

ちょっと時間ができたのか、オヤジさんが料理をつついていた私を捕まえて「渡邉君、この服ええやろ。全部ベルサーチやで。大好きなブランドで着てみたかったんやけど太っていてあかんかったんやわ。でもな、ガンで20キロもやせたおかげで、ほれこの通り、ベルサーチがピッタリや。夢が叶ったわ。おまけにずっと前からやりたかったレストランも思い切ってはじめられて、この店、学生時代を過ごしたカリフォルニアのカフェを模したんや。ええやろ?こっちも夢が叶った。ほんまガン様様や」

と自分の言いたいことだけ言って、若い女性の席に走っていく姿に「このおっさん、転んでもただけは起きない典型やわ」と妙に感心したのを覚えています。そして私も50歳になったときにこうありたいなあと強く思ったことを覚えています。

それから1年ほどたって、また電話がありました。

今回は病院からでした。ガンが再発した、とのことでした。前回の手術の後、再発の診断が怖くて病院から逃げ回っていたそうです。それが数日前に倒れ、検査の結果、すでに全身にガンが転移していて…

余命数か月…

「渡邉君、まだワシ、死にとうない。もっと生きたい。やりたいことがあるねん。助かりたい。なんかええ方法、探してくれへんか。」

そんな無茶な頼みにこたえる間もなく、オヤジさんはあっさりと逝ってしまいました。1年前、あんなに元気に走り回っていた、夢が叶ったと喜んでいた少年に戻ったオヤジさんが亡くなった…

あの日から20年。幸いにも大病を患うことなく、私は50歳を迎えようとしていました。そして、そのころから急にオヤジさんのことを思い出すようになりました。

オヤジさんにはたくさんのことを教わりましたが、最後に教えてもらったのが「人はいつまで生きられるかわからない」ということでした。 だからこそ「やれるときにやろうよ。やらないと後悔するよ。」オヤジさんからの強烈なメッセージでした。

もうひとつは「きっかけ」を大切にすること。オヤジさんの場合は大病を患うというネガティブな出来事がきっかけだったけれど、人はきっかけさえあれば変わることができる。そしてその気になればなんだってきっかけにできるということ。

私はオヤジさんが亡くなった歳と同じ50歳になったのをきっかけに「夢を叶えにかかろう」と決心しました。ちょうどそのころから人生100年時代と言われるようになり「人生の折り返し地点だ。さあ、これからが勝負だ」と思ったのを覚えています。

そして50歳をきっかけにはじめた「新しい仕事」。それから足掛け4年、立ち上げて2年を経て、コロナによるSTAY HOMEの追い風?もあっていよいよ軌道に乗ってきました。独学に近い感じでやってきたのでちょっと時間がかかりました(反省してます)が、これからがとっても楽しみです。

このブログでは、オヤジさんから教えてもらった究極のビジネスノウハウと、それを織り込んだオンラインコースのオーナービジネスを伝えていくことで、あなたのこれからの人生を豊かにする手伝いをしていきたいと思っています。 オヤジさんから受けた恩の「恩送り」でもあります。

この出会いがあなたの人生がより良いものにすることを確信しています。

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